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株式会社リベスト専務取締役【荒井 弘美】~吉祥寺を見つめるアートディレクター~

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物件を探す時にお世話になるのは不動産屋さんですね。
武蔵野市で50年、管理物件は武蔵野エリアでトップの6,500件を誇る会社「株式会社リベスト」。
地域一番の不動産会社で専務取締役をしておりますのが、今回の吉祥人【荒井 弘美】さんです。
吉祥寺の地で生まれ育ち、デザインを学び、ダイヤ街のアーケードのデザインも提案した荒井さんにお話を伺いました。

●ダイヤ街で育った吉祥人
荒井さんの生まれは現在だと吉祥寺PARCOがある場所になります。
PARCOがある土地と荒井さんはちょっとした縁があります。

元々あの場所にはお母様の実家があり、ご先祖様は江戸元禄時代、足袋職人だったそうです。
その後雑貨屋に転身し、更に甘味処、紳士服(当時流行りのVANのジャケットの取扱店)、バーバリーショップと業種が変わります。
そして荒井様の幼少期、お母様のご実家は紳士服のお店(はるき屋)を経営。
荒井様のお母様はダイヤ街で婦人服のお店の方を経営していました。
そしてご実家の方々がご近所の方など色々な人々の協力を得てPARCOを同地に誘致。
現在の形となったそうです。

第四小学校、第一中学校と通い、遊び場はご実家もあったダイヤ街。
当時は石のブロック床だったそうで、石けりをしたりして遊んでいたとか。
今の整備された床からは想像できませんね。
また、東急百貨店の前身である名店会館の屋上や、こちらも近くにあった日活の映画館にもよく親御様に連れて行ってもらったそうです。


●デザインを学び、デザイナーとして羽ばたく
高校からは勉学以外にデザインの研鑽を深めるために活動を始めます。
様々な美術館に通い、吉祥寺の街(ご自宅)から色々な街を訪れるように。
大学時代には元々おばあ様が好きで歌舞伎座によく連れて行ってもらっていたこともあり、演劇の舞台にも通うよう。
1回の演目を複数回通い、楽しむだけでなく演技というものを学びます。
大学4年生の時に前進座の養成所に表現技法を学ぶために1~2年ほど在籍。
こちらは就職をきっかけに退所したそうです。

大手広告代理店の会社に勤めた荒井さん。
当時の職場は銀座にあり、朝から晩までデザイナーとして働いておりました。
夜通し働き早朝にタクシーで帰ることもしばしばだったとか。
学生時代に磨いた感性を更に研ぎ澄まし、たくさん仕事をこなし経験を得て、当時女性が働くのは大変だった世の中で力強く活躍。
当時の経験はかけがえのないことだったとお話しておりました。
この頃の憧れの人は資生堂の広告デザインを行ったデザイナー「石岡瑛子」さん。
今も展覧会があると観に行くほどの方だそうです。


●リベストになるまで
デザインの仕事をしていた荒井さんには、何度もお見合いのお話が当時入ってきたそうです。
来る人来る人理想だけが高いばかりで全く合わないため、月日だけが過ぎていきました。
そんな中、武蔵野ロータリークラブの青年部に入って活動中に現在の旦那様を知り合い、結婚。
当初はデザインの仕事を行っていくためリベスト(当時は「共同企画開発株式会社」)の仕事は手伝わないと話していたそうですが、結局関わっていくことに。
当時西久保にあった会社を、三鷹だけで終わらせるのはもったいないと事業拡大を開始。
本社を吉祥寺の現在の場所に移転した時に、社名を「株式会社リベスト」に改称して現在に至るそうです。

●リベストの展開
現在リベストは不動産以外にアートギャラリーや東北物産展の経営も行っております。
ギャラリーは荒井さんと社長のお父様がきっかけです。
元々社長のお父様の実家が会津若松の赤べこ屋さんだったこともあり、美術品が好きで絵画や刀の鍔などを集めていたそうで、その付き合いの中で若い美術家の支援も行っていました。
(ちなみに赤べこは厄除けの意味があり、干支の動物としても愛されております)
そして荒井さんがデザイナーということもあり、ギャラリーを「創る」ことになりました。
現在五日市街道沿いにある『リベストギャラリー「創」』の誕生です。

太陽光で展示する美術を美しく見せ、大きなガラス張りの前面ウインドーで入りやすい雰囲気を作りました。
こだわりのおかげで美術好きに愛され、今やマンガ家さん達の聖地としてイベントの開催も定期的に開催。
ギャラリーで販売するグッズなどのデザインやレイアウトも荒井さんが行っておりました。

社長の出身地の会津若松は蔵がいっぱい街の中にございます。
その中で由緒ある蔵を持ち主の方が手放すことになり、それを譲り受けて美術館などに改装し現在もキレイに使って次代につなげる活動をしております(それが「福西本店」です)。
現在は会津大使を行っているそうです。
その流れで2011年3月11日の震災後、福島県で採れる美味しい商品を吉祥寺で販売しようと、この吉祥寺の地で物産館を出すことになったそうです。
東北の美味しいもの、郷土商品が気になる方はぜひ足を運んで見てください。

●荒井さんの今
デザインのお仕事をしている荒井さんの趣味は、お仕事に関連するものが多いです。
学生時代から行っている美術館巡りは今でも度々行っており、映画鑑賞は感性を磨くために流行を全て押さえるそうです。
そのほかワインも楽しむのが好きだそうで、こちらは飲むだけでなく10数年勉強をしています。

吉祥寺全体を長らく見つめ、現在まで残る様々なものを作り続けてきた荒井さん。
「(吉祥寺は)常に上昇を意識し、街全体をより良く作り続ける人が育って欲しい」と街の未来について願っているそうです。
荒井さんが願うようなより良い吉祥人が育って活躍したら嬉しいですね。