吉祥寺第一ホテルが営業終了~私と吉祥寺第一ホテル③~
最終回の今回も、34年の歴史を支え続けてきたベテランスタッフの方にお話をうかがいました。 前回の記事はこちら
~私と吉祥寺第一ホテル③~
営業部 むさしの吉祥・一寿司 忍足(おしだり)保さん<'82年4月入社>
●ホテルのシェフになりたかった
実家がラーメン屋なんです。
今でこそラーメンは注目されていますけれど、70年代、80年代は全く流行っていなくて、とにかく料理人で恰好いいのはホテルのコックさんでした。
何年か修業を積んで、入社したときは嬉しかったです。
吉祥寺にはいろいろなお店がありますが、フレンチのシェフはそれだけで一目置かれました。
開業から10年くらいはラウンジとバーにグランドピアノがあり、そこで女性が生演奏をしていました。素敵な雰囲気でした。
今思えばホテルの最もいい時代だったかもしれません。
ただ、そのときはそうとは思わず、ホテルに入社できて良かったという思いでした。
●フレンチの粋なご夫婦が忘れられない
ホテルというのは街であり、人と人が出会うところだと思います。
2階のメインダイニング『ポンヌフ』に勤めていたとき、毎日来るご夫婦がいらっしゃいました。
ランチもディナーもお任せであり、当時の『ポンヌフ』は、こってりとしたソースの、非常にクラシカルなフレンチを出していました。
毎日いらっしゃるのですから、オードブルから肉料理まで毎日変えなければならない。
そうして夜はワインを持ち込まれるのですが、必ず少し残していかれるのです。
「私たちはこういうワインを飲むのだから、これにあう料理を作りなさい」という無言のメッセージでした。
毎日試飲して、必死でした。30代の私を鍛えてくださったのだと思います。
粋というか豊かというか、あの頃はそういう方がいらっしゃいました。
ただ、今思うと、そういう粋な楽しみ方をされる方の来られる所が、このホテルしかなかったのかもしれません。
●「いつもの」ですべてが叶うのがホテル
現在、2階のメインダイニングは鉄板焼 「むさしの吉祥」です。
フレンチではないけれど、やはり似たところはあり、予約のとき「○月○日、焼き手はどなたですか」といったお問い合わせが入り、指名をいただいています。
いつもの焼き手に焼いてもらうのが安心なのでしょう。
また、肉はミディアムでもレアでもないその人好みの焼き加減がある。
どんな焼き方にしますか、と聞くのは失礼だと思っているので、一度来られると、常にそのお好みに合わせるようにしています。
「いつもの」――それですべてが叶うがホテルのおもてなしです。
ホテルの客室は81室、宴会場やレストランが広く、ゆったりとした造りなのがこのホテルの特徴です。
このようなホテルの構造ですので、常に宴会場を稼働させていかなければならず、バイキング営業の休業や宴会の食事利用の減少により、状況は厳しくなっています。
地域のお客様に「新橋にも第一ホテルがありますので是非ご利用ください」とお話ししますが地域のお客様からは少し距離があるようです。
ホテルの雰囲気が全く違うので……。安心・安全の時代へ。
今は過渡期にあたっているわけですが、今後は若い方を見守りながら、お手伝いができればと思っています。
吉祥寺第一ホテル
【 取材・文/AZUSA 】
出版社勤務を経てフリー編集者に。
著書に『薫の君によろしく!』(双葉社)、『なごみ歳時記』(永岡書店)、編集協力に『校閲記者の目』(毎日新聞出版)、『神様がやどるお掃除の本』(永岡書店)など。
ヤフークリエイターズプログラムでも記事配信中。